ねことエコでシンプルな暮らし

シンプル&エコライフを目指して、 ただいま断捨離途上。 ねことマステがすき。 日本と海外を行ったり来たり。東アフリカ ウガンダで駐妻やってます。もうすぐ帰国。

私も「稲垣えみ子」さん、の巻。

みなさま、こんにちは。mitsumeです。

 

今さらですが、少し前に話題になった アフロ記者 稲垣えみ子さんの「魂の退社-会社を辞めるということ。」を読みました。

 

もう、びっっっくり!!

 

共感というか、自分の話が本になっているんじゃないか、というくらい。結構 細かいところまでも「そうそう!」と思いながら読み進めました。キャリアも業界も違うのに、サラリーマン時代の私が感じていたことが、そのまま言葉になっているようでした。

私もサラリーマン時代の5年ほど、稲垣さんと同じように、結構 良いお給料をもらって、結構 がっつり使うという生活をしていました。いつも 満たされているようで、どこか何か違うという気持ち。

 

私はいわゆる大企業勤めで、エリート部署におりました。仕事は全然できなかったけど、上司に恵まれて、本当によく指導してもらえました。管理部門で 現場より会社全体を見渡す業務だったので、会社が組織として利益を出すことが どんなにどんなに大変か、よーーーーく理解できました。

 

そうしてだんだん、「うちの会社、ずっと大丈夫なのか?」と。具体的には、私の定年までの向こう30~40年ほどもってくれるのか、ということです。はっきり「会社がもたない」とまでは思いませんでした。そもそも、私ごときにわかるはずもないです。

でも、会社が傾いたとき「自分が切られないだけの社員なのか?」

これは あやしい、かなり あやしい…!

 

あれ…私、会社なくなったら だいぶヤバい。

 

自分で稼いで、ちゃんと自立して生活しているつもりだったのに。私、実はただの給料泥棒かも。だいたい管理部門て(営業と違って)稼いでないし。いつまで若手扱いで 見逃してもらえるのかしら。それ以降は無能がバレずに 定年まで逃げ切れるかしら…。

当時リーマンショック後の影響で、小規模ながら実質肩たたき的なことが、社内で始まっていました。大事な我が同期もそれで退職したし(転職先では活躍中なので、結果本当に良かったのですが)。いつ自分の番が来ても、おかしくない。

 

そんな自分が結婚して、子どもができたら。どうする。両親だっていつまでも元気じゃない。どうする。そこに東日本大震災みたいなことが起こったら…。もう、どうなる。

 

とにかく、自分が「しっかり」しないといけないと思いました。でもそのときまで、「しっかり=大企業の会社員」だと本気で思っていたので、具体的にどうして良いかまでは、さっぱり。ただ、変わらなければいけないということだけ、強く感じました。

 

「自分を変えるには、新しい環境が必要だ」と思った私は、海外に出るため退職を決意。いろいろ考えた結果、いくつかあった選択肢の中から 青年海外協力隊を選びました。別の選択肢にあった 世界一周についても情報を得るため、旅エッセイもたくさん読んで影響を受けました(また、別のエントリーでご紹介したいと思います)。その中で、これまで全く興味のなかった 途上国に魅かれるようになりました。

日本みたいに便利で裕福でなくても、厳しい環境でたくましく生きている人はいっぱいいる。もし自分がそれに近い環境でやっていけたら、少し自信が持てるかもしれない。まだ、間に合う!

何に?て感じですが、そのときは「理想の30代」という喫緊の課題がありました。

 

34歳の今、「あのときの自分、よくやったな」と思います。理想はまだまだ遠いけど、少しの自信を得られたのは確か。

 

それでは、また。