ねことエコでシンプルな暮らし

シンプル&エコライフを目指して、 ただいま断捨離途上。 ねことマステがすき。 日本と海外を行ったり来たり。東アフリカ ウガンダで駐妻やってます。もうすぐ帰国。

散々待たされて、「時間の価値」というやつについて考えてみた。の巻。

途上国に住んでいて、時間通りにいくことなんて、あんまりない。そう、最初から期待していませんよ。

なのにやっぱり、腹が立つ

どうせ待つとわかっているのに、5分10分前行動をしてしまう。

そしてやっぱり、腹が立つ

なんか自分ばっかり、損しているような…

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知らぬ間に染み込んでいる?「時は金なり」という発想。

語源をたどるとTime is Money.

時間を無駄にすることは、稼ぐ機会を失うという「機会損失」を意味する言葉。

産業革命後、世界的に自由貿易が拡大していた18世紀当時、アメリカ建国の父 ベンジャミン・フランクリン(100ドル札の人)が、若い商人に向けて発したそうです。

資本主義の現代にも見事にマッチ。結構、若い言葉なのですね。

なるほど、そうそう、その通り。なんの違和感も異論もありません。

あなたが遅刻したせいで無駄になった私の貴重な1時間、どうしてくれるのよ!

まぁ、私、主婦で子なしなんですけど。

 

時間がお金を生まなければ、カンケーない。

途上国の人々や社会は、一般的に時間にルーズ。もはや「あるある」でもないくらい有名な話です。

でも、この指摘の土台には、少なからずTime is Moneyがありますよね。

時間は守るべきもの。なぜなら貴重だから。なぜならTime is Moneyだから。

 

ところが、その日暮らしの途上国だと、時間はできるだけ潰したいものになる気がします。

仕事もお金もなくて、時間だけがある。

消費できるお金がないから、長期休暇なんて退屈なだけです。というか定職がないから、毎日が休暇のようなもの。

働かなければ食べていけない。でも、どんなに働いても画期的に生活水準が上がるわけではない。

そもそも、這い上がれる機会自体がほとんどない環境。

長期的に努力してみようとか、失敗を恐れず挑戦しようという、余裕も発想もありません。

ただ、毎日を過ごす。それだけ。

このあたりの、貧困の罠については、また別の記事で書きたいと思います。

 

礼儀と言われたらしょうがない?中南米のパーティーには遅れて行くこと!

「最低でも、開始時間の1時間後ぐらい」

目がテン。なぜですか?!

「早く行ったら、ホストが準備できてなくて困るでしょ」って。

しとけよ!間に合うように!時間指定してるのそっちやん!

逆算という発想がないのかい…でももう、そういうもんらしい。

イライラしても、損するのは自分だけ。それこそ、損です。頭でわかっているつもりですが…感情は納得できません!

だから、損と自分に言い聞かせます。

なんか自分の思考が、損か得か、無駄か有益か。全てをそんな風にしか分けられなくて、悲しい。

これって、豊かなのだろうか…。

 

自分の器を広げたり、柔らかくしたり。

海外生活では、日常の何気ない出来事に、自分の常識をひっくり返されることがよくあります。

純粋に「それのどこが良いの?」と聞かれて、「言われてみればどこだ?」と思ったり。

住んでいるときは腹を立てていたのに、帰国したらあの国は良かったと思ってみたり。

こういう経験や感覚が好きで、国内でも海外でも、色んな土地に住んでみたくなります。

でも、定住して大型犬を飼いたい気持ちもある。どっちやねん…。

 

 

読んでいただき、ありがとうございました!

それでは、また。